第拾七話「解き放たれた心」
大切な場所がなくなる
だから一緒に守って―
そう言ったけどあの子はいなくなった
いつか必ず帰ってくるから―
その言葉を信じ私は帰りをずっと待ち続けた
無常は世の常―
だから君が忘れず心に刻んでけばいい
そう言ったのはあの人―
居なくなった父の変わりを荷ってくれた人―
偉大なる師父
でも師父は―
一つの時代と共に逝った
残された私に出来る事は―
あの子を待ち続ける事…
「あうっ、あうーっ、祐一と一緒に登校よぅ〜」
今日からバイトの関係で真琴も一緒に登校する事になった。私と途中までだが一緒に行けるという事で、真琴は終始ご機嫌だった。そんなに喜ぶ程嬉しいものなのか私には理解しかねるが、思えば真琴とまともに歩いた事は無きに等しい。少なくともこの体験が真琴にとって未知のものであるのには違いない。自分では子供でないと豪語しているが、やはりこの辺りは真琴が子供である何よりの証拠だろう。
「あうーっ、まだ着かないの〜?」
「この渋滞だからな、後10分〜15分は掛かるな」
「あうーっ、そんなに〜」
「それくらい我慢しろ!」
「あうーっ、こんな狭い所後3分だって居られないわよぅ〜」
昨日の朝から降り続いた雪の影響で道路には多数の雪が降り積もり、北上川前の橋はいつものように渋滞を為していた。と言っても、今日は土曜日という事もあり、ここを乗り切れば後はスムーズに進むとの事だ。
「じゃあ、着くまでしりとりでもするか?」
「あうっ、する、する〜」
「じゃあ、真琴から始めてくれ」
「じゃあ真琴から行くよぅ。もしもボックス」
「スラッシュリッパー」
「パンドラボックス」
「スプリングクラッシャー」
「クロウカードの『シャドー』」
「ドリルテンペスト」
「とりよせバック」
「クロスソーサー」
「サンタえんとつ」
「ツインランサー」
「サイラン液」
「う〜…、二人のしりとりの元ネタ、殆ど分からないよ〜…」
と、助手席で困惑している名雪をよそに、真琴はドラえもんの秘密道具とクロウカードを、私はロボットの武器、必殺技を持ちネタに双方の勝負はそれぞれの別れる分岐点まで続いた。それにしても、真琴がいつの間にCCさくらに手を出したかは知らないが、なかなかの博識ぶりである。何より、私の趣味にここまで関心を持ってくれているのが嬉しい。名雪も少しは真琴を見習って、もう少し私の趣味に理解を示して欲しものである。
「潤〜、予餞会について訊きたい事があるんだがいいか〜」
学校に着き、私は早速潤に一昨日から訊こうと思っていた予餞会のキャストについて訊ねる事にした。
「別に構わないが、何だ?」
「予餞会のキャスト、何か余っていないか〜。余っていたら脇役でもいいから出たいんだが」
「その言葉、待っていたぜ。実は主役が余っていてな、前々からお前にやってもらいたいと思っていたところだ」
「主役か、悪くないな…。でも、今からで台詞は間に合うのか?」
「問題ない。内容は時間でいえば、15分〜20分位だ。今からでも十分覚えられる」
「それは良かった。で、具体的にはどんな役だ?」
「待ってな、今台本を渡すからな」
そう言い、潤は鞄から台本を取り出した。
「ほらっ、これだ」
「何々…、これは……、随分とまた濃い内容だな…」
「そう言ってもらえるのは光栄だな」
「それにしても、主人公結構動くな…」
「格闘ものだからな。ま、なるようになるさ。それと今日の午後練習するから、とっとと家に帰らないように」
「諒解」
その後間もなくHRが始まり、その後の授業は午後の練習への期待の念が強く、あまりまともに受けれる状態ではなかった。
授業が終わり、私は昼食を取る為学食へと向かう。その途中、舞を見掛けた。佐祐理さんから佐祐理が居ない間舞を宜しくお願いしますと言われたので、私は声をかけてみる事にした。
「お〜い、舞〜」
「祐一…?」
「どうしたんだ?確か3年はセンターの筈だろ?」
「私は大学には行かないから…」
「そうなのか…?あっ、それよりも佐祐理さんも居ない事だし、今日は一緒に学食で食わないか?」
「構わない…」
舞の承諾したのを確認し、私は共に学食に向かった。学食は今日が土曜日であり、更には3年生がセンターという事もあり、人の数はまばらだった。
「で、舞は何にする?」
開口一番、私は舞に何が食べたいか訊ねた。
「牛丼…」
「牛丼か。分かった、今買ってくるからな」
そう言い、私は席を立ち昼食を買いに行った。
「さて…、私は何にするかな…」
悩んだ挙句、舞と同じ牛丼にする事にした。
「ところで、あれからは夜学校に行っているのか?」
牛丼を食べつつ、私はそう舞に質問した。
「應援團の警護が厳しくなったから行っていない…」
「そうか…。で、舞が言っていた魔物っていったい何なんだ?」
「分からない…」
「分からない!?分からないのに戦っているのか?どうしてそんなにまでして…」
敵を知り己を知れば百戦危うからず。故に敵を知らずに戦うのは最大の愚考である。そもそもあの大東亜戦争もアメリカの内実をよく理解していなかったから戦争に突入し、しいては敗戦に至ったのである。もしルーズベルトが選挙公約で国民に戦争をしないと公言した事を知っていれば…。
「…大切な場所を守りたい……から…」
「大切な場所…?」
「この学校が私にとって大切な場所だから…」
『でも、その人達が朝廷と戦ったのは分かる気がするよ…』
『自分達の大切な場所を守る為、その為に蝦夷の人達は戦ったんだと思うよ…』
(そう言えば、名雪も似たような事を言っていたな…)
舞の言葉を聞き、ふとこの前名雪が語った事を思い出す。誇りに出来る程の大儀や志はない…、ただ守りたいから…。戦前、敗戦が確定した時、自分の命を犠牲にして敵に特攻をかけ、広大な海と空に命を散らせた英霊達も似たような気持ちだったのだろう。八紘一宇、大東亜共栄圏、米英討つべし…。そうではなく、ただ攻め入る敵に自分の大切な場所を、故郷を踏み躙られたくなかったから…。鬼畜米英とは流石に言い過ぎだが、少なくとも彼等白人は差別主義者である。従来の占領行為では間違いなくこの国は徹底的に蹂躙されただろう。そうさせなかったのは英霊達の守りたいという命を駆けた想いのお蔭なのかも知れない…。
そして舞も蝦夷や英霊達と同じ気持ちで、「魔物」と形容するモノと戦っているのだろう…。だが、その戦う姿は正に米軍に立ち向かう日本軍の如くである……。
「…そうか?で、勝ち目はあるのか?」
「今のままじゃ恐らく無い…」
「ならせめて應援團の力を借りればいいだろ?どうして一人で戦っているんだ…!?」
「應援團は私の事を真っ直ぐみてくれないから…。彼等が求めているのは、私の力だから…」
「力?舞も應援團のような能力を持っているのか?」
「持っていた…」
「持っていた…?つまり今は持ってないっていう事?」
「そう…、今まで力を持っていた私の事を真っ直ぐ見てくれたのは、2人だけだった…。後は誰も真っ直ぐ見てくれなかった…。だから封印した…」
「その2人は?」
「春菊先生と、よく覚えていないけど、春菊先生の親戚の男の子…」
「春菊先生の親戚の男の子…?それってもしかして俺の事じゃ…」
「どういう事…?」
「どういう事って…、つまり春樹さんは俺の親戚にあたる人だって事だ」
「……」
その瞬間舞は沈黙し、食べ終わるまで喋り出す事はなかった。
「…祐一、一緒に来て欲しい場所があるの…付いて来て…」
互いに食べ終わった直後、舞はそう言いながら席を立った。
「一緒に来て欲しいか…。…分かった付いて行くよ」
そう言い、私も席を立ち、舞の後ろを続いて歩く。それにしても、記憶の整理がつかない。春菊さんの親戚の男の子、それは紛れもなく私であろう。では私と舞は以前、何処でどうやって出会っていたのだろう…。
学食を出た後昇降口に案内され、靴を履き替えるよう言われる。赤レンガを過ぎ、職員玄関の方向に曲がる。校舎脇の自転車置き場の間を通り抜け、案内されたのは志学館だった。
「祐一…、ここがどこだか分かる…?」
「どこって、志学館だろう?」
「違う…。10年前のここ…」
「あっ…」
思い出した…。今でこそ立派な講堂がたたずんでいるが、嘗てはここは何もない原野だった…。そして10年前、母さんと春菊さんに弁当を届けに来た時、この場所に居たのは…、
「まい…ちゃん…」
まい。その時この場所に居た少女は、確かに舞という名前だった…。10年前、私と舞はこの場所で会っていたのだ…。
「ゆういち…くん……。祐一はあの時のゆういちくんだよね…」
その瞬間、今まで無表情だった舞の顔が涙顔に変わり、しゃくり声で私に抱き付いてきた。
「えっ!?ま、舞さん…?」
その行動に私も動揺を隠せず、思わず本音が出て、舞をさん付けで呼んでしまう。
「ずっと、ずっと待っていた…。ゆういちくんが帰って…、春菊先生がいなくなってから…他に私を真正面から受け取ってくれる人はいなくなった…。寂しかった…だから…ずっと待っていた…、ゆういちくんがまたここに来てくれるのを…ずっと待っていた…」
言葉にならない言葉で私に話し掛ける舞。今までの言葉少なく、無味乾燥な口調とは一変した、弱々しく愛しい口調。理解してくれる人がいなかった…。だからその内次第に人を避けるようになり、今のような喋り方になったのだろう…。だけど今まで待っていた自分を理解してくれる人がようやく現れた…。今私の目の前にいるのが閉ざされた心の奥底にあった本当の舞なのだろう…。
「ごめん…あれから暫くはこの街に来ていた…。でもここには来れなかった…」
10年前のあの時、春菊さんが健在だった時は春菊さんに連れられて何回かはここに来る事が出来た。だけど翌年昭和が終わり、それに続き春菊さんも逝った。その後、7年前のあの時まで毎年のようにこの街に来ていたけど、春菊さんがいなくなった後、この場所にくる理由が特になくなった。そんな訳であの年以来、この場所に来る事はなかった。
「いいよ…今まで来なかった事は許してあげる…。だからまた昔のように私を理解して……、私の心の支えになって…」
「勿論だよ舞さん…」
「ありがとう…ゆういちくん…」
「だけど、その『ゆういちくん』って呼び方は止めてくれないかな…。今まで呼び捨てで呼ばれていたから何か違和感があるんだ…」
「分かった…。でもそれなら私の事も今まで通り『舞』でいい…」
「諒解…。舞、今までの…10年間の隙間をこれから埋めていくんだ…」
「うん…」
「遅いぞ〜、祐一〜」
教室に戻ると机などが捌けられ、既に予餞会の練習の準備が整っていた。
「悪い悪い、潤。昼飯取るのに時間を食ってな」
「ま、いいけどよ」
「それにしても、人数が少ないな…」
台本を見た限り、登場人物は10人位だと思ったが、教室に居るのは私を含めた、潤と名雪、それに香里の4人のみである。
「あんな濃いシナリオ、普通はやりたがらないわよ」
と、呆れ顔ですかさず香里がツッコんだ。
「メインはこの4人だしな。後は基本的にヤラレ役の脇役だからな。本番の2〜3日前からでも間に合う」
「成程…。で、最初に何をすればいいんだ?」
「まずは体を温める為、柔軟体操だ。続いて発声、それが終わってから台本読みや半立ちだ」
「諒解」
そして、各自柔軟体操に入る。やり方は個々によって異なり、私はラジオ体操と一般的なストレッチ運動をした。
「皆、大体終わったな。じゃあ次は発声だ」
「具体的には何をすればいいんだ?」
「とにかく叫んで、喉の通りを良くすればいい」
「諒解」
「あ、え、い、う、え、お、あ、お、か、け、き、く、け、こ、か、こ……(by名雪)」
「アメンボ赤いなあいうえお、浮き藻に小海老も泳いでる。柿木栗木かきくけこ、きつつきこつこつ枯れケヤキ……(by香里)」
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ……(by潤)」
「ゲッタァァァ・ビィィィィィム!!真・シャィィィン・スパァァァァァク!!ストナァァァ・サァァァンシャァァァァァイン!!……(C・V神谷明)」
「きゃ、きぇ、きぃ、きゅ、きぇ、きょ、きゃ、きょ、しゃ、しぇ、しぃ、しゅ、しぇ、しょ、しゃ、しょ……(by名雪)」
「菊栗菊栗三菊栗、菊栗菊栗三菊栗、合わせて菊栗菊栗六菊栗。のら如来のら如来、みのら如来にむのら如来……(by香里)」
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄……(by潤)」
「いっけぇ〜、アァァァカシィィィック・バスタァァァァァ!!頼んだぜ!!クロ!シロ!こいつでトドメだ!コスモ・ノヴァ!!……(C・V緑川光)」
と、各自こんな調子で10分位発声を続けた。その後、台詞読みに入り、練習は5時近くまで続いた。3時頃からは半立ち稽古(台詞読みと簡単な動きを合わせた練習の事を指すらしい)に入った。私は動きの多い役であったが、潤の指導のお蔭で大体コツを掴め、来週の本番までは何とかマスター出来そうであった。
「ただいま〜」
「只今、帰りました〜」
「あうーっ、お帰り〜、名雪さんに祐一〜」
一昨日と同じく名雪と共に帰宅すると真琴が出迎えてくれた。
「真琴、バイトはどうだった?」
「疲れたけど、何とかやりこなしたわよぅ。祐一、これで真琴も大人よぅ」
「1日働いた程度では、大人とは認められんな…(C・V池田秀一)」
「う〜っ、こうなったら真っ白な灰になって燃え尽きるまで働いてやるわよぅ〜」
そう怒鳴りながら真琴は家の奥へ消えた。本当はよく頑張ったと誉め称えてもいいところなのだが、1日働いた程度で驕るようでは誉めるのは驕りを助長させるに他ならない。よってここはからかって驕りを払拭させるのが妥当なのである。
「秋子さん、お訊ねたい事があるのですが…」
「何でしょうか、祐一さん」
「私より1歳年上で、『舞』という女性はご存知ですか?」
舞が春菊さんを知っているならば、もしかしたら春菊さん伝いで秋子さんも舞の事を知っているかもしれない。そう思い、私は舞の事を訊ねてみた。
「舞さん…ですか…。会った事は無いですが、主人が行方不明になる前によくその名を口に出していましたわ」
主人が行方不明になる前…、警察の公式発表で「死亡」と断定されても、秋子さんはまだ帰ってくる事を信じている。そこまで夫の春菊さんを愛しているのだろう。自分は果たして心の奥底から好きだと言える人を、ここまで想い続ける事が出来るだろうか…。
私がそんな事を考えている間、秋子さんは話を続ける。
「『應援團になれば、恐らく私以上の実力者になるだろう』、主人は舞さんの事をそう語っていました」
「私以上って…、春菊さん、どれ位強かったんですか?」
「そうですね…。一成先生はご存知ですか?在学中、應援團を務めていらっしゃった」
「ええ。担任ですから」
「その先生が現役時代、主人と稽古試合みたいなものを何回かしたのですが、主人は毎回一成先生に勝っていましたわ」
「げ、現役の應援團に!?」
一成先生が現役時代にどの程度の力を持っていたかは分からないが、少なくとも潤と同程度の実力を持っていただろう。その春菊さんに自分を超えるかも知れないと言わせたのだから、蝦夷の力を持たない舞が潤と善戦をしたのも頷ける。
「ふふっ…そう言えばそんな事もありましたわね…」
「どうかしたんですか?秋子さん」
「いえ、祐一さんが舞さんの話をしていて思い出した事があるのです」
「どんな事ですか?」
「祐一さんが『ぜったいいつかは舞ちゃんをより強くなってみせる』と言っていた事です」
「えっ!?、そんな事言ってたんですか?」
「ええ」
知らなかった…、舞を越えてみせる…、そんな事を言っていたのか…。今考えればそれは限り無く不可能で、無謀極まりない事である。とてもじゃないが、あの舞に勝てるなどとは到底思えない。世の中にはいくら努力しても成し遂げられない事がある。これは正にその好例であろう。
(あれっ…?でも、何だったかな…。何かの条件がそろえば超えられる…。誰かにそう教わったような…)
床に就いた時ふとそんな考えが過り、しばし思考する。その内次第に眠りに入り、私は夢を見た…。
「春樹先生、参ります!!」
「何処からでも来たまえ、睦君!!」
「はぁぁぁぁぁ〜」
「遅い!日人の拳はもっと早かったぞ!!」
「すごい…」
春菊おじさんと団長さんのケイコ試合をぼくはじっと見ていた。風のように速いパンチやキックを出す団長さん、それを軽々とかわす春菊おじさん。
「なかなかの腕だが、その程度ではまだまだ私や日人には敵わんぞ」
「クッ、ならば本気を出すまで」
そう言ってはなった団長さんのパンチはさっきよりもずっと速くていきおいがあった。でも、春菊おじさんはそれを軽々と受け止めた。
「そんな…、『力』の蝦夷の力を片手いっぱいに込めたのに…」
「蝦夷の力を出されては、流石に素の状態では受け止められんからな…。私も少し力を使った。だが、拳王と謳われた日人と比べれば、それこそ雲泥の差がある。日人の拳は空を切り、地を割った」
「…参りました…」
結局、ケイコ試合は春菊おじさんが勝った。何よりすごかったのは、春菊おじさんが攻げきをふせいだだけで、団長さんを負かしたことだ。
「ねえねえ、ぼくたちもやってみない?」
「えっ?」
ぼくは一緒に二人のケイコを見ていた舞ちゃんに話しかけた。
「いいけど…、でもあたし強いよ?」
「べつにいいよ。じゃあ、いっくよ〜」
「ひょいっ、ぽこっ」
「う〜…」
「だから言ったでしょ?あたし強いって」
「も、もう一回!!」
その後何回もちょうせんしたけど、結局1回も勝てなかった。
「はあはあ、強いや…」
「祐一、舞君は大きくなれば私を超すかもしれないぞ?」
と、ケイコ試合が終わった春菊おじさんが話しかけてきた。
「え〜、春菊おじさんよりも〜」
「へぇ〜、春菊先生にそこまで言わせるとは…。俺も頑張らなきゃな…」
「ねえ、春菊おじさん…。ぼくもがんばれば舞ちゃんより強くなれるかな?」
「いいか、祐一君。舞ちゃんは特別なんだ。いくら頑張ったって常人では追いつけないぞ」
「いや、睦君。仮にも祐一は私の親戚だ」
「あっ…。という事は…」
「そういう事だ…。…いいか、祐一、今は無理でも条件が揃えば舞君を超える事は可能だ」
「舞ちゃんよりも強くなれるの!!…でも、条件って…」
「血と想いだ!!」
「血と…、想い…?」
「今はそれしか言えないが、いずれ祐一が大きくなったら詳しく話してあげよう」
「うん!!とにかくいつかは舞ちゃんより強くなれるんだねっ!」
その後も何回か春菊おじさんにつれられてぼくはこの場所に来た。そのたびにぼくは舞ちゃんと遊んだ。短い夏の間だったけど、それはとっても楽しかった。
「祐一、これからお母さんは知合いの家に行くけど、祐一も一緒に行く?」
「いいよ、行かない」
「そう…、同い年の女の子がいるから紹介したかったけど…、まあいいわ。じゃあ今の内に帰る仕度を整えてるのよ」
「はぁい〜」
「じゃあ、行ってくるわ。祐一をお願いね秋子さん」
「了解」
秋子おばさんにあいさつをして、お母さんは知合いの家に出かけた。
「では、私もそろそろ出掛けるか」
「毎年のように、駒形神社を参拝してから羽黒山の例の場所に行くのね」
「ああ。今日は終戦記念日、国の為に散っていった英霊達に感謝黙祷を捧げる日。そして、日人の誕生日でもある。あの場所は私と日人にとって大切な場所だからな。それぞれの誕生日の日はあの場所で祝いあうのが習慣だったからな」
「行ってらっしゃい、あなた」
お母さんが出かけてすぐ、今度は春菊おじさんが出かけた。
「さてと…、じゃあぼくは帰りのじゅんびでもするか…」
そう思った矢先、電話がなった。
「もしもし、水瀬家です…。祐一君ね、分かったわ。…祐一君、女の子から電話よ」
「女の子?」
「いつも学校で祐一君と会っている子ですって」
「ああ、舞ちゃんか。分かった、代わるよ」
そう言って、ぼくは電話を変わった。
「もしもし、舞ちゃん…」
『ゆういちくん、助けて!!』
「えっ、どうしたの?」
『あたし達の大切な場所がなくなるの、魔物におそわれるの…。あたし一人じゃどうにもならないの…。だから助けて!!』
「えっ、まもの!?…でも、ぼく今日帰らなきゃだめだから助けられないよ。…それに、舞ちゃんにどうにもならないなら、ぼくが手伝っても力になれないよ…」
「そんな…」
『祐一、今は無理でも条件が揃えば舞君を超える事は可能だ』
『舞ちゃんよりも強くなれるの!!でも、条件って…』
『血と想いだ!!』
『血と…、想い…?』
『今はそれしか言えないが、いずれ祐一が大きくなったら詳しく話してあげよう……』
「あっ、でも今は無理だけど…大きくなったらゼッタイ助けてあげるよ!!」
「ほんと…」
「うん!だから、ぼくが大きくなるまで待ってて。いつか必ず帰ってくるから。その時一しょに魔物を倒そう!!」
「分かった…待ってるよ…」
血と想いの意味を春菊おじさんが教えてくれたら、力になる事ができる…。ぼくはそう思っていた……。
……だけど明けた年の2月、春樹さんは過ぎ行く時代に己の身を捧げた…。また、後を追うように、松下幸之助、美空ひばり、手塚治虫などの昭和を支えた偉人達が逝った…。そして、東西ドイツの統合、ソ連の崩壊、冷戦の終結と、世界が大きく激変し、日本ではバブルが崩壊し、焼野原からの奇蹟の復興とその繁栄に終わりを遂げた…。
血と想い…、結局それは何を示していたのだろう……。
…第拾七話完
戻る